子どもとご家族に寄り添った“小児がん治療”。チャイルド・ケモ・ハウス 理事長・楠木重範さんのイマまで

U.K.こと楠雄二朗さん(Uちゃん)と、株式会社エースタイルの谷本吉紹社長(谷さん)がDJを務めるラジオ番組「それU.K.!! ミライbridge」。

前半は、関西で活躍しているビジネスマン、アスリート、有名人をピックアップし、その方のイマまでの歩み、そして、ミライについてお話を伺うミライ・リーダーのコーナー。

第108回目は、チャイルド・ケモ・ハウス 理事長・楠木(くすき)重範さんをゲストにお招きしています!

今では7~8割が完治する小児がん

私は小児科医をやっているんですが、その中でも“小児がん”という子どものがんのことを専門にしています。
現在は開業医として小児がんの子どもとか、他の疾患がある子どもたちの往診等に関わっています。

「がんと聞くと高齢者の病気と考えられがちですが、皆さんが思っているより子どもにも起こる病気でして、年間で約1万人に1人がなる病気と言われています」と楠木先生。

実は子どもの死亡原因で、小児がんが一番多いのだそうです。

ちなみに、がんって若い方の方が進行が速いって言うじゃないですか?
お子様の場合もその通りなんですか?

その通りですね。ただそこは実は進行が速いっていうことは、イコール、抗がん剤っていう薬が効きやすいということなんですね。
それで今は、小児がんの子どもたちの約7~8割が完治しています。

楠木さん「この60年で、昔であれば2割くらいしか治らなかったのが、今では7~8割治っているんです。医学の分野でも、小児がん治療はかなり進歩が速いですね」

谷さん「未来ある子ども達なんでね、なんとか助けてあげたいって先生も思ってらっしゃる中で、“助けられる”っていうのが素晴らしいですよね」

子どもとご家族のために建てられた“チャイルド・ケモ・ハウス”

チャイルド・ケモ・ハウスというのは、がんの子どもとその家族のために建てられた施設です。

楠木さん「小児がんの治療は大学病院とか子ども病院といった大きい病院でするんですけど、そういう病院とお家との中間的な位置づけの施設になっています」

実は私、施設に2回ほど行かせてもらっているんですよ。本当に綺麗な施設でした。
小児がんと向き合っている子どもたちって副作用もあったり髪が抜けたり、いろいろな症状がある中、甘えたいけどなかなかお母さんと一緒に過ごすことができないお子さんってたくさんいらっしゃいますよね?

そうですね。我慢をたくさんしているので、子どもが子どもらしく本来の姿で過ごせるような環境を作りたいという思いで、たくさんの方々の支援でできた施設になっています。

各部屋がすべて個室になっているそうで、家のような落ち着いた雰囲気もあり、ちょっとした旅行に来たような気分も味わえる空間になっているのだそうです。

また、ご家族が一緒に宿泊することも可能です。
チャイルド・ケモ・ハウスの近くに大きい病院があるので、お子さんは主にそこで治療をして、その期間ずっと付き添われるご家族さんもいれば、チャイルド・ケモ・ハウスに宿泊して一緒に過ごされる方もいらっしゃるようです。

この施設を立ち上げ、そして運営するにあたり、たくさんの企業や個人の方々からの支援があったとおっしゃいます。

楠木さん「2013年に施設が建って今で9年目なんですが、なんとかここまで活動を続けて来られたのは本当に皆様からのご支援のおかげだと思っています」

自身も闘病生活を経験して、小児がんの専門医に

楠木先生は経営側の人でもあるじゃないですか?大変な部分ってどういうところですか?

経営上難しい面もあって、医療の分野だけでは小児科はまかなえませんので支援を呼びかけないといけないんですが、どうしても重たい要求であるし、しかも子どもの病気となると正直目を背けたくなるような話でもあると思うんです。
なので、少しだけでもお時間をいただいて話をしないと、伝わりにくくて正しく内容を知ってもらえないという側面があるんです。
“伝える”ということが非常に難しい点で、苦労するところですかね。

そんな楠木さんですが、今のお仕事をしようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

楠木さん「私は大阪大学附属病院で小児科医をしている時に、いろんな課題に直面したんです。治療の面でも、小児がんであるということが広く知られていないがために、十分な医療を受けられない子どもたちがいたりとか、一方で療養環境と言いますけども、結構治療期間が長いですよね。半年とか1年とか入院しないといけないので、その期間中、狭いところで長い時間過ごさないといけないっていう環境の問題もありまして。治療面の問題、環境面の問題の両方をなんとか解決できないかなぁというところから活動を始めました」

そんな中でも、仕事を始めてから一番印象に残っているエピソードって何ですか?

阪大病院に勤めている時だったんですけど、中学校の女の子がいまして、その子は白血病だったんです。
個室でお母さんと一緒に入院してたんですけども、妹と弟がいて、ずっとその子たちのことを気にしてたんですね。

楠木さん「『会いたい会いたい』とずっと言ってたんですが、長い間会うことはできなくて。それで、土日とかの週末に、病棟には内緒で兄弟をお部屋に入れたりとかして過ごしていただいたっていうことがあったんですよ。その子とは本当にいろんな話をして、“がんになってもなんとか笑顔で過ごせるような社会を作りたいな”というのが思い出に残っていますね」

Uちゃん「立派なお話ですよね」

そんな先生が小児科を選ばれたきっかけは、大学での実習中に初めて「小児がんは治るんだ」というのを知って素晴らしいなと思った経験や、子どもが本来持つ生命力やパワーを感じたことがきっかけだとおっしゃいます。

僕自身も、中学2年生の時に小児がんの一種である悪性リンパ腫っていうのになりまして、2年半くらい入院と治療を繰り返すというのを経験したのも、一つのきっかけにはなっています。

自分が受けた恩を他の方に恩返しするような形で、本当に救える命をすべて救っていただいているのかなと思うと、涙出そうになってきました。

小児がん患者とご家族に寄り添う医療

子どもたちのために尽力されてきた楠木さんですが、苦労に直面することもたくさんあったとおっしゃいます。

楠木さん「自分が受けた治療っていうのは、正直僕が見てきた患者さんと比べればそんな大したことはないなぁと思うことがほとんどでして。仕事をしているとどうしても結論というか、『次はこういう風な治療や対応をしたらいいよ』っていうことがどんどんわかってくるんですが、そのことをご家族にお伝えするタイミングっていうのがやっぱりあると思うんですよね」

患者さんのお母さんたちの気持ちがまだそっちに行ってない状況の時に先に伝えてしまうと、寄り添えない医療になってしまいますよね。
今後のコミュニケーションにも問題が出てきてしまいますし、どうしても苦い思い出というか、そういう失敗経験もいろんなところでしてきました。

ご自身の失敗経験をいかして、「患者さんと関わる医療従事者の方にはできるだけ伝えることは伝えていきたいなと今は思っている」と話してくださいました。

ちなみに、小児がんの治療で成人式などの行事ごとに参加できなかった子どもたちのために開催されたイベントがあるそうで、楠木さんも協力者として参加されたそうです。

楠木さん「小児がんの治療が終わって治った後っていうのもいろんな課題があるんですけども、無料で晴れ着を着てプロのカメラマンが撮影をしてくれるっていうイベントがありまして、私が主催ではないんですが協力させていただきました」

まだまだ聞き足りないお話がたくさんですが、また次週引き続きお話を伺っていきたいと思います。

チャイルド・ケモ・ハウス

小児がんをはじめとした医療ケアが必要な子ども・若年成人と家族のための施設。