介護中の生活
高齢化社会が進む日本において、認知症になる人は今後ますます増加すると考えられています。
厚生労働省の「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によりますと、2012年に約462万人だった認知症の有病者数は、2025年には約700万人となり、65歳以上の約1/5を占めるとされています。
認知症の人の介護で課題となるのが、コミュニケーションです。
今回は、認知症の方とのコミュニケーション技法として近年注目されている「バリデーション」について、その効果やメリット・基本的態度について詳しく解説していきます。
バリデーションとは
バリデーションとは「検証・実証・証明・承認・妥当性の確認」などを表し、英語で「validation」と表記されます。
介護業界におけるバリテーションは、「アルツハイマー型認知症や類似の認知症の高齢者とコミュニケーションをとる方法」を意味します。
この方法を提案したのは、アメリカのナオミ・ファイル氏です。
昔のアメリカの高齢者施設では認知症の高齢者に対して、健常者と同じように対応しており、混乱した場合には鎮静剤を用いたり拘束したりするケースがありました。
この方法に疑問を持ったナオミ・ファイル氏が、「認知症患者の言動にも意味があり、それを汲みとることで相手が安心感を覚えて落ち着くこと」に着目し、1963年に「バリデーション」を提案しました。
バリテーションでは、認知症の人の言動を「意味のあるもの」だと考え、その行動を認めて受け入れる考えを基盤としています。この方法論は世界的に注目され、現在日本の多くの施設で、バリテーションを正しく行うための研修が行われるようになってきています。
バリデーションの目的
バリテーションの目的は、認知症の方の「人生における未解決の課題への取り組みを支援すること」です。そのために、認知症の方に感情を出してもらうことを大切にしています。
バリテーションでは、悲しみや怒り、怖れ、不安などの「マイナスの感情」を表に出してもらい、その感情に対して受け手側が共感します。
その結果、認知症の方の喪失感を埋められ、人生の意味や存在価値を確認できるようになるのです。
バリデーションの効果・メリットについて
「バリテーション」を行うと、認知症の方だけでなく、介護をしている家族や施設の職員などへも良い効果が期待できます。
それでは、順番に見ていきましょう。
認知症の方への効果
- ストレスや不安の軽減
- BPSD(行動・心理症状)の緩和
- 自尊心を取り戻すことで、再び生きる希望をもてる
認知症の方は、その人それぞれにさまざまな不安や孤独感を抱えています。
しかし、自分の気持ちや願望を言葉で表そうとしても、なかなか上手くいかないものです。
そこでバリテーションを行うと、認知症の方の多くが心の底で抱えている思い残しや心の傷などを癒すことができ、「ストレスや不安が和らぐ」「BPSD(行動・心理症状)の緩和」「自尊心を取り戻す」など、さまざまな効果が期待できると考えられています。
孤独感や不信感が原因で、他者と交流を拒絶していた認知症の方も、介護者や施設の職員と信頼関係を築いていくことで、徐々に交流できるようになるケースもあるのです。
じっくりとコミュニケーションを取って認知症の方の気持ちに寄り添うことで、安心して過ごせるようになると考えられています。
家族や施設の職員など、介護者の方への効果
- 認知症の方の言葉や行動の意味を理解することで、スムーズにコミュニケーションができる
- 介護者のフラストレーションが緩和される
- 認知症の方と信頼関係を築くことができる
「バリテーション」を行い、認知症の方が穏やかに過ごせるように変化していくことは、介護をしている家族や職員たちにも良い効果が期待できます。認知症の方の言葉や行動の意味そのものを理解することで、スムーズにコミュニケーションが取れ、少しずつ信頼関係が築けるようになっていきます。
認知症の方とのコミュニケーションは言葉を使ったものだけではありません。身体を使ったり、相手に触れたりしていく非言語コミュニケーションのスキルが必要です。非言語コミュニケーションスキルを高めてバリテーションを行い、認知症の方に寄り添えるようになってくると、介護者のフラストレーションも徐々に緩和されていきます。
そしてその結果、自分の介護・仕事に自信が持てるようになるのです。
バリデーションの基本的態度とは
最後に、バリデーションの「6つの基本的態度」についてご説明します。
基本的態度1.傾聴する
バリテーションでは、まず認知症の方のありのままの気持ちを出してもらいます。
そして、認知症の方の気持ちを汲み取りながら「傾聴」します。
単に話を聞くだけではなく、「あなたのことを教えてほしい」「あなたの気持ちを理解したい」という姿勢で接することが大切です。
基本的態度2.共感する
認知症の人の話をじっくりと聞いたら、次にするのは「共感」です。
認知症の方の感情が表れやすい表情や呼吸のペース、その時の姿勢などをよく観察し、真似していきます。
仕草を一致させていくことで、価値観が共有でき、会話をスムーズに進めていけると考えられています。
ただし、認知症初期の人に対しては、「バカにされている」という誤解を与えかねないので、使い方には注意が必要です。
基本的態度3.評価しない
認知症の人の言葉や言動に対して、「そんなことをしたらダメですよ」「それは違いますよ」など、否定や評価をしないようにしましょう。
バリテーションは、認知症の方の感情を引き出すことが重要です。感情を無理に抑え込もうとさせず、ありのまま受容をしましょう。
基本的態度4.誘導しない
認知症の方と過ごしていると、こちらのペースと異なることがよくあります。
「片づけたいから早く食べてください」「明日起きられなくなるから、早く寝ましょう」など、誘導しないようにしましょう。
こちらの要望や世界観を押し付けず、認知症の方のペースに合わせることが大切です。
基本的態度5.嘘をつかない
認知症の方を落ち着かせようとして、その場限りの嘘をついてしまうこともあるでしょう。
しかし一度嘘をついてしまったことが発覚してしまうと、信頼関係を築きにくくなってしまいます。認知症の方のためを思って軽い気持ちでついた嘘が、逆効果になる場合もあるのです。
基本的態度6.ごまかさない
「ごまかさない」ということは、認知症の方を介護する場合には最初少し難しく感じるかもしれません。
たとえば、認知症の方が「施設は嫌だ。家に帰りたい!」と言った時、「朝になったら帰りましょうね。」「とりあえずその前にお茶を飲みましょう。」など、その場しのぎの言葉を返してしまうケースもよくあると思います。
しかし、「早く帰らなくてはいけないのですね」と繰り返したり、「どなたが待っているのですか」と質問をしたりして、本人の感情に蓋をせずじっくりと向き合いましょう。
これを繰り返すことで、信頼関係の構築に繋がります。
まとめ
バリデーションは、認知症の方だけでなく、介護者にとってもメリットの多い手法です。
ご紹介したすべてのテクニックを使う必要はなく、使う順番も関係ありません。
認知症の人の気持ちに寄り添って本質的なコミュニケーションを取り、心穏やかに過ごせるようにサポートをしていきましょう。